けやき通り歯科・矯正歯科 当院は完全予約制です
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熊本市 医療法人熊本けやき通り歯科医院 院長紹介
医療法人熊本けやき通り歯科医院院長 西村幸郎をよく知って頂くために
院長 西村幸郎
院長 西村幸郎
鹿児島大学歯学部卒業
JFSCP主催フィンランドトゥルク大学予防歯科研修修了 (2002、2005)
日本ヘルスケア歯科研究会基礎コース終了
東克明歯周病1年間コース終了
中村社綱インプラント1年間コース終了
straumanインプラント認証
nobelbiocareインプラント認証
スイスチューリッヒ大学インプラント研修コース終了
所属学会・資格
・歯科医師
・日本フィンランドむし歯予防研究会理事
・デンタルコンセプト21インプラント研究会会員
・日本臨床歯周病学会会員
・日本口腔インプラント学会会員
 幼稚園時代 (鹿児島市城西幼稚園)
祖父母の自宅に隣接した父親の事務所の近くの幼稚園に通い、帰ってから親の仕事中は祖父母の駄菓子屋で面倒を見てもらい、甘い物をしょっちゅう食べていました。そのせいとばかりは言えませんが、むし歯は昔から多かったようで、泣きながら歯医者へ引っ張られていったのを記憶しています。
 
注射・歯医者大っ嫌いでした。だから、医療法人熊本けやき通り歯科医院を作ったとき、子供が喜んで来たくなる歯科医院を作ろう、と強く思いました。スタッフのおかげでそういう子供さんが本当に多く来院して頂けるようになり、感謝しています。
 小学校時代 (鹿児島市立川上小学校、西柴原小学校)
野球が好きで少年硬式野球チーム(今で言うボーイズリーグ)ガッツ鹿児島に入り、野球好きの子供でした。野球で鍛えられたせいで、かけっこは田舎の小学校でしたが市の大会へ出るほどになりました。今では見る影もありません(泣)。
ちなみに野球チームではずっと補欠でした。3年生までは夢はプロ野球選手でしたが、4年生くらいには現実が見えて、そんなとんでもないことは言わなくなりました。
 
6年の時に担任の先生に夢を聞かれて「公立高校の普通科に行きたい」といったのを覚えています。それはなぜかというと今は亡き父親が商業高校出身で、昔信用金庫にいて、多分普通科出身の同僚や、大学出身の後輩とかに昇進で置いて行かれたせいだと思いますが「勉強して公立高校の普通科へ行け」と口を酸っぱくして言われていました。でも、勉強が嫌いで、成績はクラスで真ん中くらい、リーダーシップもなく、やせて目立たない、気だけ優しい子供だったようです。
 
父親は信用金庫を退職した後、自営で不動産業を始めましたが、小さなオフィスを構え信用だけでやっていく感じで、細々と賃貸とかを扱っていました。貧乏ではなかったかもしれませんが決して裕福ではなく、特に創業の時期はしばらく毎日めざしとみそ汁とご飯、なんていう日もありました。
 
数年前ガンで父は他界しましたが、決して楽でない生活の中、大学まで行かせてくれた父と、健在ですが鹿児島で一人で暮らす母に言葉に言い表せない感謝をしております。
 中学校時代 (鹿児島市立緑が丘中学校)
小学生時代と同じように野球ばかりしていました。小学校時代に補欠とはいえレベルの高い(何しろ硬式野球)野球部にいたおかげで、このチームではサードのレギュラーになれました。自慢ではないですが、結構このチーム強くて市の大会で優勝したりしてました。ところが県大会では、ゲッツー(ダブルプレー)を焦った私がセカンドへ暴投して、それをきっかけに1回戦敗退したのがなんとも悔しい思い出です。
 
相変わらず、勉強は苦手で部活が終わる3年の夏まで成績は真ん中でした。しかし、なんと、その夏休み一念発起して勉強したら、200番の成績がなんと10番台に!!やればできることを学んだのでした。
 
きっかけは担任の森先生の家庭訪問での母への一言「よしろうくんは、こんな成績のところにいる子じゃないですよ!」でした。単純なモンです。また、そのころテレビっ子だった私でしたが、全く勉強せずテレビばかり見ている私に母が腹を立て、なんとテレビのアンテナのコードをぶちっとハサミで切ってしまったので、テレビをあきらめることができたのも幸いしました。
 
思い切った行動って結果を出すんですね。やる気になって勉強するようになり、その結果成績が上がり、自信がつき、さらに夜中までテレビも見ないで勉強し、また結果を出てということで、ぐんぐん成績が上がりました。今考えると決して頭がよかったからではなく決断しやり続ければ、単に努力は報われるという当たり前のことが起きただけだったと思います。ただ、その結果すごい進学校には入れたわけでなく、鹿児島でまあ、国立の大学には結構入れるというまあまあの高校へ進むことができました。

ちなみに、鹿児島大学の歯学部に合格したのを、中学時代の担任の森先生に報告したところ、’「よしろうが、歯学部に行けるほど頭が良かったとは思わなかった。」といわれ、なんだかガクッとしたのを覚えています(笑)。
 高校時代 (鹿児島県立中央高校)
合唱部という軟弱な(?)クラブに入りほどほどがんばり、勉強は結構やり、という生活でした。
 
はじめて彼女ができたのもこのころ。高校を卒業して速攻で振られたのは良い思い出です(笑)。
 
高校3年の夏だったと思います。前歯がむし歯になったのは知っていましたが、放っていたらズキズキ痛み出したのです(情けない)。歯医者はもちろん苦手で、小さい頃からとにかく注射が大っ嫌いで、風邪とかで内科へ行くと注射をいやがって病院中を走りまくり、母親・お医者さん・看護婦さんを困らせ、結局坐薬で勘弁してもらったこともあります。  
 
話は戻りますが、前歯の尋常でない痛みに(あの痛みは独特で気を紛らわせることができないですよね。頭に近いからでしょうか?)これはいかんと言うことで父親が通っていた近所の歯科医院にいって神経を取ってもらい、プラスティックの詰め物をしてもらいました(CR充填ってやつです)。
 
そのときの歯医者の先生は生まれつきの病気で言葉が不自由ですが、一生懸命治療をしてくれ、神経を取った日は自ら「大丈夫だった?」などと心配の電話をしてくれ、それまでに知っていた歯科医の先生と違う感じで優しく接して頂き、自分も「こんな風に人と接することができたらいいな。なんだか歯科医師って良いな。」と思ったのでした。それから、図書館で歯科医師になるためにはどうすればいいかを調べ、歯科大か歯学部に行けばいいのを知り、結構難しいのも知り、そしてがんばろうと思ったのでした。
 大学時代 (鹿児島大学歯学部)
父に「うちはお金がないから国立しかも地元しか行かせられん」といわれ なんとかがんばり、歯学部へ入学した私でしたが、本分である勉強はあまりせず、バイトばかりしてました。(その代わり卒業してから、特に開業してからは誰にも負けないくらい勉強してると思いますが・・)今考えると今の自分のベースを作ったんだと思うし、それが良かったんだと思います。5年も同じ職場でウェイターをしていました。バイト先は鹿児島の方なら結構ご存じの方も多いと思いますが、ハッピーポイントという郊外にあるレストランです。
 
以前はフレンチと炭火焼きハンバーグがメインのレストランでしたが、今ではパスタやピッツァなどイタリア料理と炭火焼きハンバーグをメインで出しているようです。今考えれば、このころのバイトでの経験がすごく役立っています。働きはじめはかなり怒られながら、そして人前では泣きませんでしたが涙をこらえながら仕事を覚えました。よくやめなかったなと思います。時給は470円からでした。
 
今になって考えるとお金を出して学ぶ価値のあるくらいの、基本的な人との接し方、社会常識、お客様への接遇などを教えて頂きました。卒業したての若い先生を今まで何人か指導したことがありますが、この辺の経験が足りていなくて、患者様の前へなかなか出せないということが多々ありました。
 
歯科医師を目指す若い方へ伝えたいのは、学生時代に人と接すること、サービスとは何かを学生時代に学んでいてほしいと思います。私たち医療従事者もある意味立派なサービス業なのですから。歯科の勉強も大切ですが、それはいつでもできます。はっきり言って卒業してからの方が遥かに勉強します。基礎はしっかり大学時代に学ぶべきですが、臨床はいつでも、そして遥かに高いレベルで学べます。学生時代は教科書からだけでなくいろんな勉強をしてほしいと思います。
 歯科医師になって
平成2年に歯科医師国家試験に合格し、鹿児島の開業医に勤務し、2年間働いた後、新たな勉強の地を求めて、福岡の開業医で3年。そして熊本市内の堤歯科医院で約3年勤務しました。
 
熊本の地が自分に合っていたこと、妻の実家が熊本(八代ですが)等、縁あって、この熊本の地で開業することになりました。
 けやき通り歯科医院開設
平成10年2月現在の田迎に開業しました。
衛生士1名、受付1名と妻の副院長と私の4名でスタートしたのですが、おかげさまで多くの患者様に来て頂き、今では歯科衛生士5名、アシスタント3名、受付2名、保育士1名、歯科医師2名、パートの衛生士学校の学生1名と総勢14名のやや大所帯となってきています。
 予防に目覚めたフィンランド研修
医療法人熊本けやき通り歯科医院を開設して2,3年たち、一生懸命治療した患者様のなかにもまた虫歯になる方がいて、当時治療することの限界を感じていました。「一生懸命よかれと思って治療しても、治療自体は成功しているのに、何年かしてだめになってしまう。それに加え新しく見えられた患者様の多くの虫歯が以前の治療のやり直しだという事実があります。
 
そのため、今では予防に目覚めた多くの歯科医師が積極的に患者様へある真実を伝えています。それは、まだ、多くの日本人がご存じないことかも知れません。なぜなら歯科医師になる過程で大学等でそういう教育が全くされていなかったからです。その真実とは「なぜ虫歯になるのか原因を突き止め改善しなければ歯はくり返し虫歯になる、そして削るたびに歯は少なくなり、最後はなくなってしまう」と言うことです。詰めたり、かぶせたりするたびに人工の部分は増えていき、そのかわり治療するたびに自分の歯はどんどんなくなっていくのです。
 
そのことが自分でも何となく見えてきたのもその時期でした。ただどうすればいいのか悩みながらもがいていました。予防の大家、熊谷先生の大阪での基礎コースをスタッフと泊まり込みで受けましたが、実際に予防をシステムとして動かすのに非常に苦労をしていました。
 
名古屋のワークショップで当院のスタッフと倉治先生と
そのことが自分でも何となく見えてきたのもその時期でした。ただどうすればいいのか悩みながらもがいていました。予防の大家、熊谷先生の大阪での基礎コースをスタッフと泊まり込みで受けましたが、実際に予防をシステムとして動かすのに非常に苦労をしていました。
 
そのころテレビにもよく出演される有名歯科医師である、倉治ななえ先生の「子育て歯科」という本を読み、小児の歯科治療について多くの気づきを得ていましたが、この本の中にフィンランドでのムシ歯予防が紹介されており、日本はいまだに虫歯の多い虫歯後進国であり、フィンランド、スウェーデンなどは虫歯が現在すごく少なくなっていること、その違いは果たして何か?ということが書かれていました。それから講演会等で倉治先生に積極的にお会いし、親しくさせていただき、フィンランド行きを勧められました。診療を1週間以上休まなければならないし、研修費・旅行費その他で100万近くかかりますので、非常に悩みましたが、倉治先生に背中を押して頂き、思い切って参加したのが、2002年になります。
 
フィンランドで学んだむし歯予防の実際、キシリトールの使い方など医院にすぐに取り入れられる物も多く、また、一緒にフィンランドへ行った歯科医師の方たちも、非常に前向きで向上心にあふれ、医院経営ですでに成功されつつある先生方が多く、そう言う方と知り合いになれたのも大きかったと思います。

ヘルシンキやトゥルクの保健所や診療所や保育園での実地で学ぶことにより、むし歯が多くの場合母子感染からはじまること。だからこそ妊娠期から母親のむし歯の治療や予防をしっかりすれば、子どものむし歯はかなりできくくなることや、歯科衛生士による管理(チェック&クリーニング)を年に数回うけることで簡単に歯は悪くならなくなる、ということを実際に見て学んできました。
 
2004年1月熊本県学術講演会での講演の模様
2004年、熊本県歯科医師会の学術大会で500人もの歯科関係者の前で倉治先生らと一緒に「予防をスタンダードに 未来へのかけはし 予防大国フィンランドより」という題で講演を行いました。かなり好評でした。そして2004年12月に日本フィンランドむし歯予防研究会の理事に任命され、フィンランドで学んだむし予防を日本全国に普及させるお仕事もさせて頂くようになりました。2005年の6月にはむし歯予防デーにちなんで、大阪テレビさんとロッテさんからお呼びがかかり、むし歯予防イベントに出演し、またキシリトールガムのコマーシャルにも出させて頂きました。2005年12月にもまたフィンランド トゥルク大学研修に行って参りました。多くの患者様のお口の健康をサポートするために、最新の知識を一生懸命学び続けていきます。
 歯周病、そしてインプラントへ
アメリカのDrネビンスと、インプラントのメンター中村社綱先生、尊敬する松永先生、藤本先生と一緒に
フィンランド研修と同じ頃、歯周病学会指導医の東克明先生の元、スウェーデン式の歯周病を学びました。基礎から歯周外科、メインテナンスまでの1年間のコースでした。東先生からは、歯周病の立場から、歯を守るとはどういうことかと言うことを教えて頂きました。研修終了後、当院の衛生士も4人、その準じたコースを受講させ、今年も新人の衛生士が受講します。東ペリオは医療法人熊本けやき通り歯科医院の歯周病治療のベースになっています。
 
歯周病とむし歯予防で当院の予防のベースが確立されていき、スタッフも育ち、多くの患者様の歯を守ることができるようになってきました。ところが一部の方が、なかなか難しいのです。虫歯もある意味そうですが、歯周病の原因は細菌と咬合(噛む力のコントロール)です。
 
予防にシフトしたことで感染の除去は医院としてできる体制が整いましたが、咬合は難しい。どういうことかというと、何本かすでに歯周病や虫歯で歯を失っている場合、通常の治療では、ブリッジや取り外しの義歯で歯がないところを補うのですが、歯がないところに隣り合う歯には、よけいな負担をする分大きな咬合力(咬む力)がかかります。そのせいで引きずられるようにまわりの骨が失われたり、歯が折れてしまったり、かみ合わせの調整ぐらいでは追いつかない、通常の歯周病の治療では助けられないというケースがあるのが分かってきました。そう言う患者様にも、その患者様を担当している衛生士にもなんとか力を与えたい、どうにかしたい。
 
そんなとき中村社綱先生の教えるインプラントに出会いました。
 
中村社綱先生はインプラントでもそしてGTR/GBRという骨を歯のまわりに作る技術でも世界的に著名なDrで、そんな先生と出会えたことは本当に幸せでした。その先生の1年間のコースを学び当院にインプラント治療を導入することができました。この先生のすばらしいところは、一生懸命歯を守ると言うところです。インプラントを方々している先生方の中でまだ残せる歯を抜歯してインプラントにする、というちょっと違うんじゃないの?という先生方も一部います。中村先生は、あれだけインプラントの達人でありながら、患者様の歯を本当に一生懸命残す、その考えが当院のやってきたことにぴったりあったのです。
 
インプラントの最大の利点は2つに分けられます。
歯を失ったとき、
@ まわりの歯を削らずに失ったところを補えること。
A 歯を失った分の咬む力をインプラントにより回復できるので、まわりの歯がその咬む力を負担してしまうことで弱くなるのを防ぐことができること。

 
骨の条件が悪かったりするとできないという欠点はまだありますが、歯の代わりに用いられる物として、十分な検証がなされてきており、インプラントは十分長い間使用できる、お勧めできる物と言えます。たとえば歯を1本失ったときの治療法として、まわりが健康な歯であれば、削ってブリッジにするのが日本での一般的な治療法ですが、インプラント界の先端を行くスイスの歯学部ではすでに、そういうケースに置いてはブリッジの教育がはずされ、インプラントが処置の第一選択に変わっています。つまり、それだけインプラントの安全性、安定性が増したと言うことです。
 
2006年9月に 中村先生とともにスイスチューリッヒ大学インプラント研修に行き 、ヨーロッパのインプラント界をリードするヘンメル教授の元で学んできました。インプラントのみならず、これからも皆様の幸せと健康をサポートするべくチームメンバーとともに研鑽し続けていきます。
〒862-0962熊本市南区田迎2-18-12 医療法人 熊本幸良会 けやき通り歯科・矯正歯科 TEL096-379-6945 / FAX096-285-5511
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